フェニックス処分場

大阪湾フェニックスセンター

大阪湾フェニックス大阪沖処分場(2012年)

大阪湾フェニックス処分場の概要

 近畿2府4県で発生したごみは、焼却などの処理がされたのち、多くが大阪湾の海面に作られた処分場に埋立てられている。174自治体が共同で運用をしている大阪湾広域臨海環境整備センター、通称「大阪湾フェニックスセンター」である。海面に作られた処分場は東京など他の地域でもあるが、広域的に共同で運用されているものはない。広域臨海環境整備法という法律に基づき、現在のところ日本で1つだけ大阪の法人が指定され、運営している。

 いままで作られた4か所の処分場の広さは合計509ヘクタール。4か所の処分場それぞれが、京都御所とほぼ同じ広さかそれ以上あり、そこに厚さ15m以上のごみが埋められている。ごみゼロを目指すべきであることは間違いないが、現状ではごみの捨て場がなければ、経済・社会は成り立たない。その意味で、1989年の運用開始から30年以上にわたり、足元から近畿を支え続けている重要な施設である。

 ここは、汚してはいけない海に面して作られた処分場であり、不適正なごみが運び込まれないように、数々の先進的な環境対策が盛り込まれてきた。しかし残念ながら、そんな役割を担ってきたことも、またその存在自体も、地元の関西人にすらほとんど知られていない。

フェニックスをめぐる議論の経緯

 フェニックス計画がつくられた時期と、大きく社会は変化した。当時は経済成長からバブルへと流れ込む時期で、出てくるごみをどこかに適切に処分できなければ、不法投棄など大きな問題が起こることが危惧されていた。一方で港湾用地も不足しており、海面を埋め立てて土地を造成するとう一石二鳥の巨大計画が立案されてきたのである。ところがバブルがはじけ、埋立てられた土地は売れず、長期間の維持管理も必要になった。そして、社会的には望ましい成果ではあるが、ごみの最終処分量が激減したため、処分場としては経営が圧迫されている。そして現在、さらに社会では減量が求められている。

 フェニックス処分場の建設当時から、ごみ減量を優先すべきとの反対の声もあった。反対運動が盛り上がるなかで、国会を含め多くの議論がなされ、より望ましい形へと進んできた。フェニックス処分場のことだけではなく、現在にも引き継がれている多くのごみに関する制度も、こうした議論の中で生まれてきた。そんな変化をみつめてきた処分場でもある。

 巨大な処分場をめぐり、利害が対立する中で、どのように現在の仕組みがつくられてきたのか、資料をもとに整理を行った。

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